もやゆる介護

認知症の母の介護についてのあれこれです
もやもやした気持ちのゆるい介護、かな。

誰も教えてくれない

祖母が亡くなった翌日午前中、祖母宅に到着しました。
母と妹が私を待っていてくれました。


色々ありましたが(悪意の叔父との遭遇?)、
祖母が安置された斎場に行き、翌日以降のスケジュールの確認等しました。


家に帰り、妹は2日後の通夜に来るということで、いったん帰宅しました。
夜、祖母の棺に納める祖母の愛用品などを色々検討していると、
母が
「おばあちゃんに聞いたほうがいいんじゃない?」
と言い出します。
「おばあちゃん、亡くなったのよ」と私が言うと、
「え、知らなかった。誰も教えてくれなかった」と言って
母が泣き出しました。


母は妹とは、病院にも行ったし、その後斎場でも祖母にお線香も上げたし。


でも母は、今本当に祖母を喪ったことを理解した、ということなのでしょうか…
泣き続ける母に、母娘の長い深い愛情あふれた月日を、失った悲しみを、
目の当たりにした思いです…。

天寿

祖母が亡くなりました。
102歳でしたので、天寿を全うしたと言えると思います。


母が一人では、何かと対応できないのと、
叔父からひどい仕打ちをうけることをさけるためにも、
しばらく母のところにいる必要があります。
と言って、無制限に一緒にいることもできません。


と、曖昧なままですが、とりあえず告別式が終わるまでは、
泊まる用意をして、出発です。


幸い、妹が訪問する日でしたので、
亡くなった当日は妹が叔母とあれこれこなしてくれました。


祖母を失った悲しみは大きいのですが、
それに浸る暇は当分なさそうです…。

携帯に着信

聞きなれない大音量の着信音…、母の携帯が鳴っています。
母はと言うと
「何の音?」と自分の電話の音だと思っていません。
電話に出ないうちに、呼び出し音は鳴りやみます。


後から、留守電をきいてみると、
母が70歳近くまで勤めていた会社の同僚のようでした。
「特に用事はないけれど、ご無沙汰しているので電話してみました」
という伝言が残っていました。


母は
「誰だかわからないわ」と一蹴です。
折角お電話いただいたのに、申し訳ないです。