もやゆる介護

認知症の母の介護についてのあれこれです
もやもやした気持ちのゆるい介護、かな。

話を作る

先日、母は転んで、顔に擦過傷とあざを作りました。
「生まれて初めて、転んだの」
 そんなことはないと思いますよ。
「転んだ時に眼鏡を落として失くしちゃったの」
 それは、大変。どの辺で転んだの?
 と、庭を10分以上捜索しましたが、ありません。
「きっと誰か持ってちゃったのよ」
 いや、そんなことないでしょう…。
 
ヘルパーさんに聞くと、転んだ翌日も眼鏡はあったそうなので、
転んだことと眼鏡が見当たらないことは、関係ないのですが、
母の中では、「転んで眼鏡を失くした」ということになっています。


「転んで眼鏡を失くした」と来る人ごとに言うので、
みんな探してしまいます。
その話こそ、忘れてほしいです。


でもやってみた

朝、夫から催促されてむっとした件、
気を取り直して取り組みます。
日取りを決めることが必要なので、相手先に予定を伺うメールを打つことから
なのですが。
そのメールを書きかけて気づきました。
こちらの都合の良い日を決めることができないのです。
スケジュールの空いている日を知らせれば良いだけのことなのですが。


無気力というより、予定を決められない気持ちになっていることが、
原因なのだと自覚しました。
「無気力」よりも少しましな気がしたのは、解決可能な気がしたからでしょうか。
少し前にも同じことに気付きましたが「やりたいこと」を必要以上に先送りしている傾向があるようです。
「予定がたたない」という気持ちを押し切って、
「ダメなときは延期または中止する」ということへの罪悪感を克服した方が良さそうです。




無気力

朝食の時夫からちょっとした用事の確認をされました。
「やってない」
「なんで?」
「気力がない」
朝から険悪な雰囲気…。


この用事の担当は私。
お互いの趣味に関わる楽しいことの段取りなのですが、
「そんなこと進んで手配する気力」がどうもわかないのです。
夫は
「できることをやって小さな達成感を得た方がいいよ」
と言いましたが、その通りでしょう。
でも。
やりたくない事ややらなくてはならない事や、
締め切りのある事で気力を使い果たしています。
そして、夫の「段取り」には口を出さないと決めているのに、
そっちは出すんだ、という不満がむくむくわいてきます。
何だか自分だけが我慢しているような、
ネガティブな気持ちで一日が始まります。