もやゆる介護

認知症の母の介護についてのあれこれです
もやもやした気持ちのゆるい介護、かな。

「茶摘み」で手遊びで泣く

母は、歌うのが嫌いと以前から言っていました。
子供の頃に音楽の先生から「声が低い」と言われてから、
嫌いになったという話を私は子供の頃から聞いていました。


祖母は、歌が好きで90歳後半になっても、
カラオケ教室に通い、練習も丁寧にしていました。
習い事に対するその姿勢を私は尊敬していました。


100歳過ぎてもしっかりしていた祖母を見習って?
母にも少しは歌った方が認知症に良いのでは、などと、
思っていましたが、母を歌わせるのは難しいだろうなあと
思っていました。


ある日、母宅に向かう途中「茶摘みに手遊びならするかも」と
思いつきました。
「夏も近づく八十八夜」とうたいながら、
二人で手を取り合ったり、手を打ったりするアレです。


母に「ねえ、これできる?」と
歌いながら始めると、普段は歌は嫌いとあれほど言っている母が、
のってきました。
二人で、歌いながら
「茜だすきに菅の傘~」と最後まで、できたのですが。
何だか切ない思いがこみ上げて、涙が出てきました。
母は心配そうに
「どうしたの?大丈夫?もう一回やる?」
と私を覗き込みます。


母の脳の活性化?になるかなあ、と思ったのですが、
私の気持ちのどこかに強く触れてしまったようです…。



母のこだわり

記憶ができないということは、

判断もできなくなる、ということだと
母を見ていると感じます。
人は何かを判断する時には、
記憶をもとに判断しているのだと、
ひしひしと感じます。
(当たり前に事でしょうか)


できないことが増えていくばかりと
思いがちですが、母には母のこだわりがあって、
母が大事に思っていることは、
私なんかよりきちっとこなしています。


例えば、お裁縫。
私は、学生時代の家庭科のレベルから
全くダメで、日常生活の最低限、ボタンを付けたり、
裾を直したりしかできません。
母は元々好きだったとは思いますが、
今でもマメに針を持ちます。
昔のブラウスで、多分花柄がとても気に入っているけれど、
袖の幅が太くて、今どきのシルエットではないものなど、
こまめに直して、着ています。
そういう作業をする時も記憶力は必要だと思うのですが…。





記憶は愛情

今月は、私の誕生月です。
昨年までは、母はそれを覚えていて、
私を産んだ日=自分が母になった日の
話をしていました。


私は来年還暦なので、
誕生日のことなど、それほど気になるわけではありません。
しかし、誕生日を祝ってくれる人など、
最近はほんの数人になりましたし、
何でもどんどん忘れていく中で、
母が覚えていることをとてもうれしく感じていました。
同じ話を何度も聞くのは苦痛ですが、
この日の話だけは、何度聞いても、
覚えていてくれることがありがたく思っていました。


今年は母の記憶から消えてしまったようで、
ぽっかりとした喪失感を感じています。
覚えていてくれることに母の愛情を見出していたのだと思います。
何も覚えていなくても、母が私の母であることに
変わりはないのに…。